8 ココス・ケーリング諸島の思い出

 12月17日にクリスマス島を出港し、3日目の夕刻には西南西に約530マイル離れたやはりオーストラリア領のココス・ケーリングCocos Keeling諸島(南緯12度09分、東経96度52分)沖に到着、その日は沖合でヒーブツーし、21日の8時を待ってココスのカスタムスに無線で連絡、事前にクリスマス島のカスタムスのピータにココスではVHFは20chでカスタムスを呼出せばいいと聞いていたのでスムースに連絡がとれました。ただし、21日は日曜日のため、結局、カスタムスの係官は22日の月曜日の朝、7マイル離れたココスの中のウエストWest島からボートで来て入島手続をしました。

 手続中の係官の質問で、サイクロンがココスの近くで発生し影響を受ける場合、どう対処するかという項目がありました。地元も漁船、フェリー、観光船はココスの中のホーム島のスベリを使って陸揚し、サイクロン・シェルターに入れるか椰子林の中で固縛するとのことでした。ぽれーるについても一応、外形寸法、重量、吃水等を聞かれました。

 ココスは、1609年英国の船長ウィリアム・ケーリングによって発見され、英国の植民地から1984年に住民投票によりオーストラリア領となった二つのアットール(環礁)ノース・ケーリングNorth Keelingとサウス・ケーリングSouth Keelingからなる諸島です。住民が暮しているのは南に位置する大きい方のサウス・ケーリングで東西約7マイル、南北約9マイルのアットールです。

 このアットールには5つの島が輪状に分布しており、西側に政府機関と飛行場のあるウエストWest島、東側に主にイスラムの人達が暮すホームHome島、南側に無人島のサウスSouth島、北側に無人島のホウスバーグHorsburgh島、ダイレクションDirection島があります。ぽれーるはカスタムスに指示された北側のパスに近いダイレクション島の内側にあるアンカリング地にたった1隻の停泊でした。ダイレクション島はサウス・ケーリングの中でも白い砂の海岸と椰子の木、コバルトブルーやエメラルドグリーンの海の美しい島として、休日にはこの島の人達もキャンプ、ピクニック、水泳、スノーケリング等を楽しむためやって来ていました。

 入島手続が終り少し落着いたところで、南に約1.5マイル離れたホーム島へ観光と食糧品の買出しにディンギーで出かけました。ホーム島の内海側にあるジェッティーJettyには作業船と対岸のウエスト島との交通に使われているフェリーが繋がれていましたが、水深が1mぐらいで至るところに岩の浅瀬があり、とてもぽれーるでは近づけないことが分りました。また、カスタムスの係官が言っていたスベリは更にその奥の海岸にありました。ホーム島に上陸しマーケットを捜しながら付近を散策しました。このホーム島に暮しているのはもちろんオーストラリア国籍を持つ人達ですが、女性は子供を除くとほとんどの人が顔をベールで覆いイスラムのマントのような服をまとっていました。また、マーケットにはお酒類は一切置いていませんでした。

 結局、ココス・ケーリングには3日間停泊し、サイクロンの地域を出て北半球のスリランカへ向うことにしました。23日に出国手続をするため、再びホーム島へディンギーで行き、ホーム島からフェリーに乗ってウエスト島へ行くことにしました。フェリーにはオーストラリアから来ていた観光客とホーム島に住む若いイスラムの女性達が乗っていました。彼女たちはフェリーがホーム島のジェッティーを離れるまではほとんど口も聞かずベールで顔を覆い物静かな様子でしたが、一旦フェリーがジェッティーを離れると急にお喋りが多くなりベールもとっていました。彼女たちが読んでいる雑誌は日本の若い女性と同じようなファッション関係の本でみんなでその雑誌を指さしてはニコニコしながら騒いでいました。彼女達とは少し話をしましたが、残念ながら写真は撮ることは出来ませんでした。

 ウエスト島のジェッティーから乗合バスで10分ぐらい走ったところに飛行場と街があり、1週間に1度、オーストラリアのパースからの飛行便があった時のみ少し賑わいがあるそうですが、普段はレストランもすべて閉っており閑散としていました。街のコミュニティ館に行ってインターネットで天候のチェックとメールを送信し、出国手続を行い、マーケットで買物をしました。ウエスト島のマーケットにはホーム島と同じイスラムの人が経営しているということでしたが、こちらにはお酒やタバコも売られていました。

 帰りのフェリーでは来たときと同じイスラムの女性達と一緒になりました。やはりホーム島に近づくまでは彼女たちは騒いでいましたが、フェリーがホーム島のジェッティーに着くと彼女たちはベールで顔を覆い、物静かなイスラムの女性に戻っていました。また、ジェッティーで彼女たちと別れる時、私が手を振ると7人いた内の一人の子がベールの間から見える目でニッコリとしてくれましたが、他の女性達は足早に視線を落して去って行きました。同じココスに住むイスラム系の若い男性は女性に比べるとかなりラフな格好でジーパンにTシャツ、日本の若者と同じように携帯電話とIPodに執心しているようでした。イヤホーンから洩れ聞えてくる音楽はイスラム系ではなくラップやロック系の曲でした。

 ココス・ケーリングは本当に美しいところです。もう少し滞在して島の人達とも交流したかったところですが、やはりサイクロンのことが気にかかり去ることにりました。訪れる時期が違っていたらもっと楽しい出会いがあったかも知れません。

 ぽれーる 関